元禄時代の土産品であった大津絵から抜け出した若い娘が、男への恋心を表現する曲ですが、明確なストーリーがあるようですが、実は無いのです。これは長唄が叙情詩であるため、物語に頼ることなく、純粋にpoemの中に心の機微を織り込んでいるのです。
■初演:文政九年(1826)九月、江戸中村座での『傾城反魂香』のなかの大切所作事、
さらにその中の五変化のひとつ。
■作詞:勝井源八、作曲:四代目杵屋六三郎
始めの歌詞の一節ですが、
”若むらさきに とかえりの 花をあらわす 松の藤浪”
若紫と言うのは藤の花を指します。 十返りとは、松は100年に1度花を咲かすと言われ、その十返り(10回目)に、その花が実をつけると言われています。つまり十返り(1000年目)に咲いたその花の実が藤であった、という粋で素敵な歌詞です。正面には大きな松の幹と垂れ下がった藤の花。これが歌詞にある「松の藤波」です。これは男(松)にしどけなく絡んだ女(藤)を象徴しています。古典芸能は装置・小道具・衣装・総てに意味があるのです。と、いうことで今日はここまで。でも、まだ歌詞の一行しか説明していませんよね。ホントに気の遠くなるような深い意味が隠されているのです。
※ 写真は「扇菊会」で撮影されたものです。
『男心の憎いのは
他の女子に神かけて
逢わず(粟津)と三井のかねごとも
堅い誓いの石山に
身は空蝉の唐崎や
待つ夜をよそに 比良の雪
解けて逢瀬の あた妬ましい
ようもの瀬田に わしゃ乗せられて
文の堅田の片便り
心矢橋のかこちごと』
このくだりはクドキと呼ばれるところです。女心を詩っているのですが、実はこの歌詞の中に、近江八景の地名が詠み込まれているのです。(下線部が“地名づくし”と呼ばれている)
歌川広重の浮世絵「近江八景」。こんな景色が観ている方の眼に浮かぶように、いつか踊れるようになりたいですね。
比良の暮雪 堅田の落雁 矢橋の帰帆
石山の秋月 粟津の晴嵐 三井の晩鐘
唐崎の夜雨 瀬田の夕照
藤娘の歌詞の中に、
『いとしと書いて藤の花』というところがあります。これは「い」を10個書いて、真ん中に「し」を書くと藤の花房になりますよ。という意味と愛しいとをかけた掛詞になっています。「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「
以下は大津絵の「藤かつぎ娘」です。